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【フェールラーベンポラー】北極圏犬ぞり紀行 Vol.1

冬のスカンディナヴィア北極圏を犬ぞりで旅する極地遠征プロジェクト『フェールラーベンポラー』に日本人として初めて参加した
上村幸平さん。世界中から選出された20人のメンバーと、150匹のアラスカン・ハスキーとともに、スウェーデンからノルウェーにかけての300kmを旅する記録を3回にわたってお届けします。

 



 

上村幸平(うえむらこうへい)
カナダ在住の写真家。1998年大阪生まれ。自然と人間の境界線を探りながら、写真とことばの力を使ってストーリーを伝えています。

 


 

こんにちは、上村幸平です。去る四月、冬のスカンディナヴィア北極圏を犬ぞりで旅する極地遠征プロジェクト『フェールラーベンポラー』に日本人として初めて参加してきました。世界中から選出された20人のメンバーと、150匹のアラスカン・ハスキーとともに、スウェーデンからノルウェーにかけての300kmを旅する記録を3回にわたってお届けします。

 

4月2日 事前研修

 

初日は北極圏に向かう前に、ストックホルム郊外のロッジに一泊し、事前研修とチームディナーがあります。ロッジに到着すると、広報担当のマチルダ、SNS担当のミー、そしてカールがいました。彼はフェールラーベンの顔といえるイベント・マネージャーです。
これまで3回にわたってオンラインでの事前研修で彼らとは画面越しに会っていましたが、ついに現地で対面します。

 

すでにロッジには多くのメンバーが到着していて、ついに会えたことを喜び合います。世界中から集められた20人の参加者は男女二人ずつの4人組、計5つのチームに分けられます。カナダ出身のタイラーが僕のテントバディです。ウェールズ出身のケイト、アメリカ出身のガビの女子二人を加えてひとつのチームになります。今日からはテントバディと一週間同じ部屋(テント)で過ごすことになります。

 

 

ランチの後はセミナー室に集められ、最初のブリーフィングが始まります。
「エベレストに登頂した人数は6500人以上ですが、フェールラーベンポラーで北極圏を旅した人数は500人ほど。ある点では世界で最も門戸の狭い探検かもしれません」
カールがスカンディナヴィア訛りの強い英語でジョークを挟みながら、和やかな雰囲気でブリーフィングは進み、これまでのオンラインセッションで教わったことの振り返りや実地での対応方法などが紹介されます。

 

コーヒーとシナモンロールでフィーカを楽しんだ後、ギアのセッションです。フェールラーベンの極地ギアが支給されるというのもフェールラーベンポラーのひとつの目玉です。持ち物は歯ブラシのみ。必要なものは全て用意してもらえます。カールがひとつひとつ装備の説明をします。 

 

寒ければ死ぬし、汗をかいても死ぬような極地環境において欠かせないのがレイヤリング、重ね着です。汗を吸って体温の低下を防ぐメリノウール素材のベースレイヤー、フリースやダウンジャケットで保温するミドルレイヤー、風を防ぐためのシェルレイヤー。これまでは登山におけるレイヤリングとは変わりませんが、極地ではさらに大がかりな防寒着が必要です。着る寝袋のようなポラー・パーカやオーバーオールを場合に応じて着用します。

 

 

あらかたの説明が終わると、お待ちかねのギア支給タイムです。フェールラーベンポラーのワッペンや自分の名前・国籍が刻印されたジャケットはポラーのメンバーしか手に入れることのできないアイテム。今日一番テンションが上がるタイミングです。

 

限られた試着時間のあとはすぐにテントとストーブの使用実習があります。アウトドア経験が皆無でも大丈夫。プロフェッショナルからサバイバル技術を手取り足取り教えてもらえるというのも、このイベントの特徴です。
「マルチガソリンストーブを使ったことがある人?」
ストーブの講習を担当するのはハラルド。製品のフィールドテストを担当するアウトドアのスペシャリストです。今回使うことになるのはガス缶を使ったキャンプストーブではなく、低温環境でも高火力を期待できるガソリンストーブ。配線や点火方法をタイラーと一緒に確認します。

 

 

ストーブの講習のあとにはテントを組み立てるトレーニングがあります。フェールラーベンの極地用トンネルテント「ポラー・エンデュランス」。分厚い手袋をしていても扱いやすいような工夫がたくさんあります。トンネル型のテントは日本の山岳環境ではあまり見られませんが、北欧でのキャンプやトレッキングなどではベーシックなスタイル。寝るエリアも荷物を置くエリアも贅沢に取れるテントです。

 

数時間の直前トレーニングが終わり、ディナーまでの時間でギアをすべて確認してザックに詰め込みます。
出発前のチームディナーは、フリーズドライフードを食べ続ける五日間の前の最後の晩餐です。
「明日から本当に遠征が始まる。時間もタイトなので、心してかかって欲しい」
カールがグラスを片手にみんなに語ります。
「ただその前に、メンバー同士で暖かい部屋での食事を楽しもう。スコール!」

 

 

ディナーは3コース。ドリンクメニューも贅沢で、僕はストックホルムのブルワリーのIPAをいただきます。メインの白身魚のフリットはディルの効いたクリームソースとともに。身はホクホク、衣もくどくなく、爽やかなソースが調和をもたらしています。テーブルに用意されているパンにバターをたっぷりとつけて頬張ります。北欧のバターは本当においしい。

 

食事を終え、みな明日に備えてぞくぞくと部屋に戻っていきます。僕とタイラーはもう少しテーブルでゆっくりし、それからダイニングホールを後にします。彼がパッキングをしている間にシャワーを浴びます。次にシャワーを浴びるのはノルウェーでのゴール後。明日の朝食の時間に間に合うようにアラームをセットし、早いうちに目を閉じます。

 

4月3日 遠征1日目:北極圏へ

 

今日はバスでストックホルム空港に向かい、11時過ぎのフライトでスウェーデン極北のキルナ空港に飛びます。そこからまたバスで移動し、スタート地点のキャンプ・ポイケヤルヴィに移動します。そこで犬ぞり用ギアを手に入れ、犬ぞりの簡単なインストラクションを受け、スタートです。忙しい1日になりそうです。

 

 

空港で保安検査に並んでいると、前にいた婦人に「あなたたちはどこに行くの?」と聞かれます。いくぶん大袈裟なブーツ、オレンジが眩しい名前入りのレインジャケット、膨れ上がったバックパックを抱えた人間が20人以上も並んでいます。不思議に思うのも当然です。
「これからラップランドに向かいます。犬ぞりで五日間旅をしてきます」
「それは素敵な旅ね。ぜひ楽しんで」とご婦人が笑顔で返してくれます。

 

キルナ行きの機内の4分の1ほどがメンバーとスタッフで埋められ、まるで修学旅行のようです。極北を目指して安定飛行を続ける機体の心地よい揺れに身を任せ、到着までの二時間弱を眠って過ごします。

 

 

「当機はまもなく着陸体制に入ります。どなたさまも座席のリクライニング、テーブルをもとの位置に戻し、シートベルトをお締めください」
北欧訛りの強いキャビンクルーのアナウンスで目を覚まします。窓の外を覗くと、眼下にはどこまでも雪に覆われたラップランドの荒野が広がっています。機体はゆっくりと高度を下げ、丁寧に滑走路に着陸しました。キルナ空港、スウェーデン最北の空の窓口です。

 

ターミナルで荷物を受け取って空港の前に止まっているバスに乗り込みます。20分ほどのドライブで、バスは雪と氷に覆われた湖のほとりに佇むケンネルに到着します。ここがスタート地点です。

 

 

ケンネルの更衣室には、フェールラーベンポラーの象徴とも言えるポラー・パーカがずらりと並んでいます。着る寝袋のようなアノラックタイプのダウンジャケットです。機動性には劣るものの、これを着ていれば絶対に凍えないという信頼感があります。

 

 

ランチのサンドウィッチをコーヒーで流し込み、スタート前最後の簡単なミーティングに臨みます。
「私はアナ。君たちのガイド・マッシャーよ」
マッシャー(犬ぞり使い)であるアナが自己紹介します。彼女は犬ぞりのプロ。僕たちのチームのガイドとして、ノルウェーまでの荒野を導いてくれます。
「私の後ろに4人、少し間隔をあけてついてきて。犬ぞりの後ろに立って、ソフトブレーキかハードブレーキのどちらかで速度を調整するの。犬たちは本当にパワフルだから、しっかり体重をかけるようにね」

 

犬ぞりに使われるソリは金属フレームでできています。登山用バックパックの一番大きなサイズでさえ三つほどは入りそうな大容量のストレージが前方についており、水筒や手袋を入れておく大きめのポケットが取手部分に付いています。ソリ自体はなかなかの重量がありますが、アンカーを雪面に突き刺してソリを倒さないと犬たちがどんどん引きずっていってしまうというので驚きます。

 

 

パッキングを終えたところで、出発の合図がかかります。メンバーたちのソリに六匹ずつ犬たちが繋がれていきます。
「この黒い子がタピル、そしてブラウンのマーブル模様のある子がモカ。あなたのリーダードッグよ!」とアナ。
「モカはすぐリードを噛んじゃう癖があるから、出発まで横にいてあげてね」
先頭にモカとタピル、二列目にシルバーの毛が美しいイネスと小柄なリッラマン、最終列にはおそろいのぶち模様が可愛いイヴァンとガルテン。この六匹が自分と五日間、ともに極地を旅してくれる相棒たちになります。ありがとう、よろしくねと一匹一匹を撫で、声をかけます。どの子達も人懐っこく、近づくと足に擦り寄ってきます。

 

 

アナの合図でソリを起こし、アンカーを蹴り上げます。ついにスタートです。待ちに待ったという様子で犬たちは雪を蹴り上げ、ずんずんと力強くそりを引きます。すさまじいパワーです。鉄の杭のようなハードブレーキに全体重をかけて踏ん張っているのに、ソリはどんどんスピードを上げていきます。バランスとスピードをなんとか制御します。森の中の坂を降りきると凍結した湖の上に出て、視界が一気に開けます。アナを先頭に、ガビとケイトの犬ぞりがスピードを上げます。僕もブレーキから足を離してソリを蹴り進め、犬たちを加速させます。

 

 

湖から森のなかに隊列は吸い込まれていきます。曲がりくねった林道のなかを慎重に重心移動させつつ犬ぞりをコントロールします。
自分が後ろでバランスを取るのに試行錯誤しているのなんてお構いなしに、犬たちは力の限り駆けていきます。

 

森の中の狭い道を抜けると、また大きな湖の上に出ました。この世の全てを祝福したくなるような美しい夕暮れです。
犬たちの吐息と彼らが地面を蹴り上げるざく、ざくという音だけがこの広大なツンドラを支配しています。
「コウヘイ!気分はどうだ!」と後ろのタイラーが声を上げます。
「最高だ!言葉にできないくらいに!」
本当に、どんな言葉を用いても言い表せない思いが溢れてきます。

 

 

湖のまわりを沿ってしばらく走っていると、フェールラーベンの旗が見えてきます。最初のキャンプ地です。今日の行程は二時間弱の試験飛行のようなものです。ソリが完全に固定されたことを確認し、犬たちを撫でてやります。彼らはまだまだエネルギーが残っているようで、無我夢中に吠え続けます。

 

「コウヘイ!第一キャンプへようこそ」とダニエルが大きなハグで迎えてくれます。厳冬期キャンプのためのテントの張り方について、再度ダニエルとハラルドから説明があります。
「少し雪がパウダーだから、ペグは差し込むのではなくT字で埋め込んで使うんだ。張った後はテント内にプラットフォームを掘るのを忘れないようにね」
今回使うフェールラーベンのテント「ポラー・エンデュランス」は、厳冬期の北極圏における使用を前提とした製品です。
テント内の前室がとても広いことが特徴のひとつ。前室の一部の雪を掘り下げておくことで、就寝部から出入りしやすいというわけです。

 

自分たちのキャンプゾーンに戻り、テントを立てます。ふたりで本体部分を組み立てた後、僕がペグを打ってプラットフォームを掘り、タイラーが夕食のためのお湯を沸かします。ふかふかの雪を少し掘り下げ、テントのガイラインをT字に埋め込んだスノーペグに繋げてテンションをかけます。シャベルでテントの前室を掘り下げるのですが、これがなかなかの重労働です。

 

 

お湯を入れたフードと水筒を持ってメインキャンプの焚き火を囲みます。1日目の就寝前ブリーフィングです。
「寝袋は魔法瓶のようなものだ。体が冷えていれば冷やし続け、体が温まっていれば温め続けてくれる。食事をとる・動くなどして体温を上げたり、ボトルに熱湯を入れて靴下を巻いて熱源にするものありだ」
カールが暖かく寝るコツをシェアします。日はとうに暮れ、あたりには暗闇が降りてきています。焚き火に照らされたメンバーたちの顔にはいろいろな表情が浮かんでいます。
「さあ、ここで暖まったら寝袋に飛び込むんだ。明日からはさらにタフになる。おやすみ!」

 

ヘッドライトの灯りを頼りに、自分たちのテントに潜り込みます。スノーブーツのインナーブーツをテント内に入れ、アウターブーツは朝履きやすいように広げておきます。就寝用のベースレイヤーに着替え、電子機器など冷えたら困るものを寝袋に放り込みます。
ジッパーをやさしく閉じ、寝袋がじんわりと暖かくなるのを感じながら眠りにつきました。

 
 

– 【フェールラーベンポラー】北極圏犬ぞり紀行 Vol.2 は、6/4(火)更新予定です –